日露戦争特別展2 開戦から日本海海戦まで激闘500日の記録
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明治38年(1905年)3月1日 奉天会戦

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期間
明治38年(1905年)2月~3月
場所 奉天付近
概要 日本陸軍とロシア陸軍は満州(現在の中国東北地方)の奉天周辺で大兵力を繰り出して激突、日本軍が辛勝しました。
 
 
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関連資料

奉天会戦
関連資料1 奉天会戦後の明治38年5月16日付タイムズ記事の邦訳
関連資料2 旅順要塞の攻略に使われた28cm榴弾砲についての文書
関連資料3 奉天会戦における日露両軍の動きの図解
関連資料4 奉天会戦における日本軍の「戦利品」の報告
関連資料5 「陸軍軍人軍属死亡統計」を収録した資料
関連資料6 日露戦争後に行われた戦死者の遺骨収集・埋葬に関する資料
関連資料7 奉天の「露国赤十字」の病院で死亡したロシア軍人の母親が日本軍に宛てた書簡の邦訳
関連資料8 日露戦争後に陸軍省の戦時補給品調査委員会が作成した報告書
関連資料9 奉天会戦の直前に陸軍次官から出された文書

関連資料10 タイムズ紙による、日露戦争における日本陸軍の作戦と軍事思想家クラウゼヴィッツの論考との比較

関連資料(詳細)

関連資料1
レファレンスコード : A03023699700
件名 : タイムスの日露戦争批評(百八十八)奉天の会戦(後論一)

■資料解説

 

 奉天会戦が終わった後の明治「三十八年五月十六日」付タイムズ(タイムス)紙の記事を邦訳したものです。

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関連資料2
レファレンスコード : C03020266400
件名 : 28榴弾砲を満州北方に使用する件

■資料解説

 

 旅順要塞の攻略に使われた28cm榴弾砲を「北方」つまり奉天会戦に備えて動かす件の文書です。「セメント」や「木螺子」(もくねじ)「螺釘」(ねじくぎ)などの必要な資材がリストにあがっています(6画像目)。

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関連資料3
レファレンスコード : A03032172800
件名 : [日露戦争における両軍位置図](奉天付近之会戦第4軍之戦闘、秋山支隊及騎兵第2旅団之位置、軍隊符号 外)

■資料解説

 

 奉天会戦における日露両軍の動きを図解した資料です。

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関連資料4
レファレンスコード : C06040374900
件名 : 38.4.27 満州軍総参謀長 各軍戦利品通報

■資料解説

 

 奉天会戦後、日本軍が獲得した「戦利品」の品目や量が報告されています。戦利品の中には「ハンドボール」「ミシン」「塩鮭」「氷砂糖」といったものも含まれている事が記されています(9~12画像目)。

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関連資料5
レファレンスコード : C06040752900
件名 : 11.6 陸軍省副官より軍人軍属死亡統計表送付

■資料解説

 

 奉天会戦の後、「陸軍省官房 統計掛」が「陸軍軍人軍属死亡統計」を収録した資料です(明治38年11月2日印刷)。この資料によると「昨年開戦以来本年十月三十一日まて当掛(かかり)に於て受領したる死亡報告」をまとめた結果として(2画像目)、

 陸軍軍人軍属ノ死亡総数ハ 七万七千五百七十六人 (77,576人)

と数字が示され、その死亡原因、階級の内訳が報告されています。資料は、死亡者の階級としては「下士、兵卒」が95.24%(73,883人)、兵種では「歩兵」が81.6%(62,377人)を占めている事を伝えています(%は「百分比例」を参照)。

 

 ところで東洋には古来「一将功成りて、万骨野に枯る」(一人の将軍が功名をあげる陰では、一万人の部下が死んで白骨になったまま放置されている)ということわざがありますが、『機密日露戦史』は日本満州軍司令部に勤めた松川敏胤(作戦参謀)の一句として次の文を伝えています。「奉天会戦の成果は偉大にして捕虜三万五千、軍旗三旒(その一は予もまたこれを鹵獲せり)大砲五十門を算すといえども、これ一に戦線に起てる将卒の砲煙弾雨下に奮戦したる賜にして、総司令部幕僚は連日三度の温食を口にし砲弾火に浴せず。然るに一将功成り万卒枯るの言もあり。われら総司令部の幕僚たるものは、幸に凱旋するの期あるも功名顔を為すべきに非ず」(『機密日露戦史』1966年、548頁。なお引用文は一部を現代表現に改めた)。

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関連資料6
レファレンスコード : B07090957700
件名 : 3.日露戦役関係在満州帝国戦死者遺骨埋葬ノ件

■資料解説

 

 日露戦争後の明治42年(1909)~大正2年(1913)にかけて行われた戦死者の遺骨収集・埋葬に関する公文書です。

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関連資料7
レファレンスコード : C03027578800
件名 : 露国参謀大佐「ミシエル、グーレウィッチ」の墓標建設其他の件

■資料解説

 

 明治38年「三月三日」、奉天にあった「露国赤十字」の病院で死亡して埋葬されたロシア軍人の母親が、ロシア軍退却後に奉天を占領した日本軍に対して、墓地に関する情報開示を求めた際の書簡の内容(訳文)が示されています。

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関連資料8
レファレンスコード : C02030391200
件名 : 作戦用弾薬準備に関する件

■資料解説

 

 日露戦争後の明治43年(1910年)に、陸軍省の戦時補給品調査委員会が作成した報告書です。報告書は、今後の戦争に使われる砲弾の推定量を「奉天会戦に於ける費消弾数の統計を基礎として」(10画像目)試算しています。 明治末に陸軍が想定した「将来の戦役」は日露戦争より「一層激烈にして会戦長時日に亘る」規模であったことが資料から読み取れます(11画像目)。

 

 この資料については、「日露戦争特別展」もご覧下さい。

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関連資料9
レファレンスコード : C06040726200
件名 : 2.24 陸軍次官より社会主義に関し陸軍大臣訓示の件

■資料解説

 

 奉天会戦の直前、陸軍次官から出された文書です。当時の寺内正毅陸軍大臣が、「近来各地方に於いて往々社会主義を唱道し其言文を発表するものあり」(2画像目)として、非戦論などを対象とした言論の取締りを訓示している事が示されています(明治38年2月24日付)。ロシアでも戦争中は反戦・革命運動が起きていましたが、レーニン率いるソビエト政権が樹立されるのは奉天会戦の12年後です。

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関連資料10
レファレンスコード : A03023699500、A03023699600
件名 : タイムスの日露戦争批評(百八十六)クラウゼヴイッツ学説(上)、タイムスの日露戦争批評(百八十七)クラウゼヴイッツ学説(下)

■資料解説

 

 タイムズ(タイムス)紙(明治38年5月14日、15日付)の中には、日露戦争における日本陸軍の作戦と軍事思想家カール・フォン・クラウゼヴィッツの論考とを比較した批評が収録されています。



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参考文献   浅野裕一『孫子』 講談社、1997年
石津朋之「総力戦の登場とその発展―戦争と社会の関係を中心に」、戦略研究学会編『年報戦略研究 20世紀の戦争と平和』第6号、芙蓉書房、2009年
石津朋之・清水多吉共編 『クラウゼヴィッツと『戦争論』』、彩流社、2008年
大濱徹也、他『中学生の社会科・歴史 日本の歩みと世界』、日本文教出版社、2001年
小風秀雅編『日本の時代史23 アジアの帝国国家』、吉川弘文館、2004年
谷壽夫『機密日露戦史』(《明治百年史叢書》第3巻)、原書房、1966年
原剛・安岡昭男共編『日本陸海軍事典コンパクト版(上)(下)』、新人物往来社、2003年
原田敬一『日清・日露戦争』(シリーズ日本近現代史③)、岩波書店、2007年
福沢諭吉『明治十年丁丑公論・瘠我慢の説』時事新報社、1901年
牧野憲夫『シリーズ日本近現代史② 民権と憲法』、岩波書店、2006年
ジョン・ケネス・ガルブレイス、中村達也訳『満足の文化』、新潮社、1998年
マクレガー・ノックス、ウィリアムソン・マーレー共編著、今村伸哉訳『軍事革命とRMAの戦略史―軍事革命の史的変遷 1300~2050年』、芙蓉書房、2004年
ダニエル・ピック、小沢正人訳『戦争の機械―近代における殺戮の合理化』、法政大学出版局、1998年
I・I・ロストーノフ編、及川朝雄訳、大江志乃夫監修『ソ連から見た日露戦争』、原書房、2009年
A・J・P・テイラー、倉田稔訳『第一次世界大戦―目で見る戦史』、新評論、1980年
ミヒャエル・ヤイスマン、木村靖二訳『国民とその敵』山川出版社、2007年
Jonathan Bailey, "Military history and the pathology of lessons learned: the Russo-Japanese War", Williamson Murray & Richard Hart Sinnreich(eds.), The Past as Prologue: The Importance of History to the Military Profession, Cambridge University Press, 2006.
第3次旅順総攻撃に戻ります 樺太作戦に進みます
 
 
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