アジ歴ニューズレター

アジ歴ニューズレター 第50号

2026年8月31日

特集

世界の中国近現代史研究の発展に寄与するアジア歴史資料センター

 

東京大学:中村 元哉

 

 アジア歴史資料センターの存在意義は、世界で確実に高まっている。私は、中国近現代史研究者として――近年は改革開放期の中国を歴史化するために、中国現代史研究を志す後進の育成に励んでいる――、そのことを二つの角度から読者の皆様にお伝えしたい。

 言うまでもなく、中国は、歴史的に日本と数々の接点を有してきた。とりわけ、20世紀以降の中国近現代史は、日本との関係を踏まえなければ正しく理解できない。経済・文化・学術の交流、日中戦争、不正常な関係にあった時期(1949-1972年)の人物交流、改革開放期の日中関係……という具合に、時期や次元の異なる様々な領域で、近現代の中国は日本と向き合ってきた。20世紀初頭から日本の政治制度や法学が中国の政治に一定の影響を与えてきたことも、よく知られている。したがって、中国近現代史研究にとって、日本で保管・公開されている日本語の史資料はかなりの重みを持つことになる。

 だからこそ、中国や欧米諸国の中国近現代史研究者は、アジア歴史資料センターの愚直なまでの取り組みを高く評価してくださっている。私たち中国近現代史研究者が国際会議でアジア歴史資料センターの現状について話題にするたびに、海外の中国近現代史研究者は耳を傾けてくれる。アジア歴史資料センターが海外でどの程度利用されているのかは正しく数値化できないが、日本の中国近現代史研究者は、海外の博論や個別論文でアジア歴史資料センターの史料が相当に引用されていることを肌感覚で理解できている。

 このことを示す具体例は、中国社会科学院近代史研究所が発行している『近代史研究』と『抗日戦争研究』の執筆要項である。この二つの権威ある学術誌は、アジア歴史資料センターの史料が引用されることを前提に、注の作成方法を解説している。両誌の執筆要項はほぼ同じ内容だが、ここでは、より詳細な『抗日戦争研究』の執筆要項を抜粋しておきたい[1]


例1:国立公文書館の史料「天津ニ領事館ヲ置ク」を引用する場合

「天津ニ領事館ヲ置ク」、JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A01000012800、太政類典・第二編・明治四年~明治十年 第八十五巻(国立公文書館)。

例2:外務省外交史料館の史料「片山潜ノ寄稿ナリト称スル『先鋒』記事ニ関スル件」を引用する場合

「片山潜ノ寄稿ナリト称スル『先鋒』記事ニ関スル件」、JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B02030938800(第58画像目から)、共産党宣伝関係雑件/対日宣伝関係 第三巻(外務省外交史料館)。注意:同史料に対応する件名は「2 昭和5年4月4日から昭和5年5月12日」である。

例3:防衛省防衛研究所の史料「国旗の制式及掲揚方法に関する件」を引用する場合

「国旗の制式及掲揚方法に関する件」、JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C01004996400、自昭和5年1月~至昭和6年12月「來翰綴(陸普)第1部」(防衛省防衛研究所)。


 アジア歴史資料センターは、海外の権威ある学術誌で、かくも認知されているのである。センターは、日本や海外の日本近現代史研究のみならず中国近現代史研究の発展にもかなり貢献している。

 しかも、中国の不安定な史料公開状況を踏まえれば、アジア歴史資料センターには、もう一つの価値が付与されることになる。

 中国でも、データベースによる史資料の公開は進んでいる。ところが、日本や海外の中国研究者が話題にしているように、一部の史資料が突如削除されることがある。たとえば、著名な法学者・銭端升が日中戦争期に発表した「自由を論ず」(『今日評論』第4巻第17期、1940 年10月)は、陳夏紅主編『銭端升全集』(中国政法大学出版社、2017年)には収録されているものの、孫宏雲編『銭端升巻』(中国人民大学出版社、2014年)には収録されていないというように、もともと中国では慎重に扱われてきた歴史文書だが、それでも「全国報刊索引」というデータベースでは長らく公開されてきた。しかし、2026年夏の時点で、「自由を論ず」を掲載した『今日評論』の第4巻はこのデータベースから綺麗に削除されている。

 このような環境下で、世界の中国近現代史研究者は、何らかの代替手段を講じて歴史の真実に迫らなければならない。その際、冒頭で述べたように、日本語の史資料は自ずと価値を持つことになる。だからこそ、日本語史資料の宝庫であるアジア歴史資料センターは、世界の中国近現代史研究者の期待を一身に背負うことになる。

 以上のように、アジア歴史資料センターの重要性は世界で高まる一方である。このことが日本国内でしっかりと認知され、センターに対する理解と支援が広がっていくことを願ってやまない。

 


[1] 『近代史研究』のアクセス先は、http://jds.cssn.cn/xsqk/jdsyj/kwjj/201605/t20160506_5254645.shtml 〔最終アクセス日=2026年7月1日〕である。また、『抗日戦争研究』のアクセス先は、 http://jds.cssn.cn/xsqk/krzzyj/kwjj_128763/201605/t20160506_5254836.shtml 〔最終アクセス日=2026年7月1日〕である。