5.賠償と経済協力

 1950年代以降アジア諸国との間に締結された協定に基づき、日本は1970年代にかけて賠償や経済協力を進めていきました。

 日本の戦後賠償は、現金ではなく役務による支払いを基本とし、生産物による支払いも含まれ、経済協力と並行して進められていきました。また、円借款(低利・長期の条件による有償の資金協力)も、昭和33(1958)年のインドへの供与を皮切りに広く実施されました。こうした賠償と経済協力によってアジア諸国との友好関係を築き、アジアの経済的な発展に協力するとともに、日本の経済復興と発展を実現することが目指されました。

 賠償支払いがほぼ終了する1970年代後半以降も、発展途上国への無償資金協力、技術協力、円借款などが引き続き行われました。


  国名 金額 支払期間 支払年数
賠償 フィリピン 55,000万ドル 1956.7.23-1976.7.22 20年
南ベトナム 3,900万ドル 1960.1.12-1965.1.11 5年
ビルマ 20,000万ドル 1955.4.16-1965.4.15 10年
インドネシア 22,308万ドル 1958.4.15-1970.4.14 12年
経済技術協力(無償)等 ラオス 10億円 1959.1.23-1965.1.22 6年
カンボジア 15億円 1959.7.6-1966.7.5 7年
タイ 96億円 1962.5末-1969.5末 8年
ビルマ 14,000万ドル 1965.4.16-1977.4.15 12年
韓国 30,000万ドル 1965.12.18-1975.12.17 10年
マレーシア 29.4億円 1968.5.7-1972.5.6 4年
シンガポール 29.4億円 1968.5.7-1972.3.31 4年
ミクロネシア 18億円 1968.5.27-1975.5.26 3年
モンゴル 50億円 1977.8.25-1981.8.24 4年

※大蔵省財政史室編『昭和財政史――終戦から講和まで』(第1巻、東洋経済新報社、1984年)より作成



◆ビルマの賠償実施状況

【資料36】件名「日本・ビルマ賠償及び経済協力協定関係一件 実施関係 第2巻」B24010096200(47~48画像目)


 【資料36】は、昭和32(1957)年10月段階での対ビルマ賠償の実施状況がまとめられた、外務省の報道向け資料。第2年度の賠償として認証された契約は820件、金額は約162.9億円でした。主なものとして、バルチャン発電所や各種工場の建設、鉄道車両、河川用舟艇、自動車類、電気機械器具、軽機械類、建設資材などが見られます。また、魚缶詰、硫燐安(肥料)、写真感光材料といった消費財もありました。

 第2年度に役務契約で日本から派遣された技術者は38名。養蚕計画指導、缶詰工場指導、国鉄技術者指導、陶磁器指導などにあたっていました。ビルマからは留学生13名、研修生1名を賠償費で受け入れていました。

アジア歴史資料ラーニング「日・ビルマ平和条約」

◆南ベトナムの賠償実施状況

【資料37】件名「6.その他」B24010146700(46、51画像目)


 【資料37】は、南ベトナムへの賠償が実施されてから5年後、昭和40(1965)年3月時点での履行状況がまとめられた報告書(40~62画像目)の一部。ベトナムではダニム発電所建設関係(カテゴリーA)が賠償の大半を占めました。また、消費財その他の生産物(カテゴリーB)には、エアコンや冷蔵庫などの家電が見られます。これら消費財もダニム計画のための現地通貨調達に宛てるものとされました。その結果、賠償の90%以上をダニム計画関係が占めたとされています。

 ダニム計画以外には、各種の工場建設、沈船引揚、灌漑計画、橋梁建設計画など(カテゴリーD)が確認されます。

 ダニム水力発電所は昭和39(1964)年末に第二期工事が完成し、長年にわたって水と電力の安定供給に貢献してきました。

アジア歴史資料ラーニング「南ヴェトナムとの賠償協定・借款協定」

◆ブンガ・タンジョンとブンガ・オーキッド

【資料38】件名「5.海運設立計画、船舶関係」B24010158500(80、84、86、90画像目)


 マレーシア政府は、日本の補償金による貨物船の供与を希望し、これをもとに国営海運を設立する計画を立てました。貨物船は、欧州諸国への錫やゴムの輸送が想定されていました。

 これに応える形で、日本で2隻の外航貨物船が新造され、昭和46(1971)年に供与されました。【資料38】は、その進水記念の小冊子です。マレーシアの花の名前からブンガ・タンジョン号、ブンガ・オーキッド号と名付けられました。