4.首脳の往来

 戦後、日本とアジア各国との平和条約が締結され、緊密な関係が築かれていくなかで、各国首脳の往来が行われるようになりました。

 日本の首脳はアジア訪問にあたって、平和条約・賠償協定、経済協力などに関する交渉にも取り組んでいきました。資料群「5項 本邦要人の諸外国訪問」などに含まれています。

 アジア各国の首脳の日本訪問については、資料群「6項 諸外国大統領、要人等本邦訪問」のほか、資料群「5類 写真帳」で訪日時の写真を見ることができます。



◆岸信介総理大臣のアジア訪問

【資料29】件名「七.岸総理カンボディア訪問に対する現地各新聞紙の報道状況(在カンボディア大使館) 昭和三十二年十二月六日付第四三三号在カンボディア吉岡大使報告」B21010046800(13画像目)


 岸信介総理大臣は昭和32(1957)年、戦後日本の総理大臣として初めてアジア各国を歴訪しました。【資料29】は、カンボジアの日本大使館から報告された現地の新聞報道の一つ。ゾウに乗る岸信介総理大臣とカンボジア首相の写真が掲載されています。

 昭和32(1957)年の岸総理大臣のアジア・太平洋諸国訪問は二度に分けて行われたもので、5月にはビルマ、インド、パキスタン、セイロン、タイ、中華民国の6カ国を訪問。11月から12月にかけて南ベトナム、カンボジア、ラオス、マラヤ、シンガポール、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンの9か国を訪れました。この間、南ベトナムで賠償交渉を行い、インドネシアではスカルノ大統領との間で賠償交渉が妥結されました。また、このときのカンボジア訪問を契機として、11月には経済技術協力に関する交換公文への署名が行われました。



◆訪日したインドの首相

【資料30】件名「国賓訪日記念写真アルバム/ネール・インド首相 第1巻」B21010377900(22、29画像目)


【資料31】件名「国賓訪日記念写真アルバム/ネール・インド首相 第2巻」B21010378100(7画像目)


 東京の上野動物園では、戦時中にゾウが殺処分されたことが知られていますが、ゾウを見たいという子供達の願いを受けて、昭和24(1949)年、インドのネルー首相から自身の愛娘の名をつけたゾウ「インディラ」が贈られて、その後広く親しまれていました。昭和32(1957)年、ネルー首相が日本を訪れたときには、上野動物園を訪れて、このゾウに対面しています。

 そのほかネルー首相は、広島の平和記念資料館や原爆病院、東大寺の大仏、京都御所、修学院離宮、農村(槇島町)、三菱造船所・住友金属などの工場などを訪問しました。



◆フィリピンの大統領訪日と参議院での演説

【資料32】件名「国賓訪日記念写真アルバム/カルロス・ピー・ガルシア・フィリピン大統領 第1巻」B21010379100(13画像目)


【資料33】件名「七.国会訪問」B20010032400(13~15画像目)


 フィリピンのガルシア大統領は昭和33(1958)年の来日時、衆参両院議長主催の歓迎会で、海外の首相として初めて参議院本会議場で演説を行いました。【資料32】は、そのときの写真が貼り込まれたアルバムです。【資料33】は、ガルシア大統領の演説の日本語訳です。

 大統領は、日本が賠償支払いを約束し、国策の具としての戦争を放棄したことを評価して、友好関係の回復を望みました。日本とフィリピンの地理的な近さや歴史的な古さ、安全保障などの観点からも、友好関係が必然であることを述べています。



◆池田勇人首相のアジア訪問

【資料34】件名「(1)一般」B24010013800(57画像目)


【資料35】件名「(1)インドの部 6)現地準備資料」B24010019400(9画像目)


 池田勇人首相は昭和36(1961)年11月、パキスタン・インド・ビルマ・タイの4カ国を訪問。タイでは首脳会談を経て、特別円問題についての合意がなされることになりました。【資料34】は訪問の行程図、【資料35】はインドの空港到着時の式次第です。


(参考:池田勇人(国立国会図書館「近代日本人の肖像」より))