日露戦争特別展2 開戦から日本海海戦まで激闘500日の記録
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日露戦争トピック

 
 

日露戦争、海戦の「図」

2.黄海海戦の「図」

 【資料3】【資料4】【資料5】は、明治37年(1904年)8月10日に日本の連合艦隊とロシアの旅順艦隊との間で戦われた黄海海戦についての一連の記録です。

 【資料3】には、この海戦における日本艦隊の全体的な動きを詳細に示した図が収められています。8~9画像目は、「明治三十七年八月十日黄海々戦全図」と題された図で、日本の連合艦隊の第一戦隊、第三戦隊、第五戦隊、第六戦隊、そしてロシア艦隊の航跡が時間を追って詳細に示されています。11~14画像目は、「明治三十七年八月十日黄海々戦第二合戦図」と題された図で、ロシア旅順艦隊を日本の連合艦隊が追撃する後半戦の動きが示されています。上の「全図」の右部分(8画像目)の丸で囲まれた箇所にあたります。16~17画像目は、上のものと同じ「明治三十七年八月十日黄海々戦全図」と題された図ですが、こちらは「極秘」の印が捺されていないものです。上の「極秘」版との違いは、「極秘」版には「和泉航路」、「八重山航路」、「鎮遠航路」といった個別の艦船の動きが示されていたのに対し、こちらにはそれがない点です。 19~20画像目は、「明治三十七年八月十日黄海々戦第一合戦図」と題された図で、南下してきたロシア旅順艦隊を日本の連合艦隊が回り込んで迎撃しようとする前半戦の動きが示されています。上の「極秘」版の「全図」の左部分(9画像目)の薄く丸で囲まれた箇所にあたります。

▲【資料3】表紙「8月10日戦闘詳報 軍艦の部」 8~9画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

▲【資料3】表紙「8月10日戦闘詳報 軍艦の部」 11~14画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

▲【資料3】表紙「8月10日戦闘詳報 軍艦の部」 16~17画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

▲【資料3】表紙「8月10日戦闘詳報 軍艦の部」 19~20画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

 【資料4】の40~41画像目は、防護巡洋艦「千歳」の高木艦長から第一艦隊司令官の出羽重遠に提出された(日付不明)この艦の戦闘詳報に付されている、「八月十日千歳航跡図」と題された図です。【資料3】の航路図と比較すると、「千歳」の航跡が、所属していた第三戦隊の動きと一致しているのがわかります。43~46画像目は、「海軍少尉候補生河野三吉戦闘記従事中手写」と題された、戦闘中の艦隊の様子のスケッチです。恐らくは「千歳」の艦上から見た光景であると思われます。欄外(46画像目)に「午後六時 敵陣形乱ルル前ノ大激戦」(午後6時 敵の陣形が乱れる前の大激戦)と記されており、【資料3】の「第二合戦図」に示された状況の直前にあたる時刻の様子を描いたものであるとわかります。艦影には、「三」(「三笠」の略記か)、「高」(「高千穂」の略記か)、「春」(「春日」の略記か)、「八雲」といった日本艦隊の艦船の名前とともに、ロシア艦についても、「大橋太ク「タワー」然タルヲ以テ「ペレスウエト」ト認ム」(艦橋が太くタワーのようであることからペレスヴェートと確認した)などと注記を付して、「ペレ」(「ペレスヴェート」の略記か)、「ポベ」(「ポベーダ」の略記か)のように名前を略して記されています。48~50画像目のスケッチは、欄外(50画像目)に「午後六時四十分 敵ノ陣形乱レシ中」(午後6時40分 敵の陣形が乱れている最中)と記されており、上のスケッチに続いて、【資料3】の「第二合戦図」に示された状況に差し掛かった頃の様子を描いたものであるとわかりますが、こちらには艦船の名前等は記されていません。

▲【資料4】8月10日戦闘詳報(1) 40~41画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

▲【資料4】8月10日戦闘詳報(1) 43~46画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

▲【資料4】8月10日戦闘詳報(1) 48~50画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

 【資料5】の37~38画像目は、8月13日に第一艦隊の出羽司令官から提出された第三戦隊の戦闘詳報に付されている、「自八月十日戦闘前 至八月十二日帰泊 航跡図」と題された図で、この戦隊の海戦前から終了後に至るまでの動きが示されています。40~44画像目は、「明治三十七年八月十日 黄海々海戦航跡図」と題された、日露両艦隊の動きが示された図で、旅順を出撃した時点のロシア旅順艦隊について、「ノビック」、「ツエサレイッチ(ツェサレーヴィチ)」、「レトヰザン(レトウィザン)」などの艦船の並び順が明記されています。しかし、戦闘の推移に従ってこの艦隊は散り散りになってしまったようで、「午後六時半頃以後ノ敵艦隊ハ四部五裂シタルヲ以テ一々其ノ位置ヲ図示スル能ハズ」(午後6時半頃以降の敵艦隊はばらばらになってしまったので一つ一つの位置を図示することができない)と記されています。45画像目は、「八月十日軍艦浅間戦闘航跡」と題された図で、装甲巡洋艦「浅間」の動きとともに、浅間と交戦したロシア艦船の動きも示されています。47~48画像目は、「八月十日旅順港外戦闘 敵艦隊陣形見取概略図」と題された図で、「軍艦高砂調製」と記されています。この図では、「(1)午後0-10」、「(2)午後2-4分」、「(3)午後7-20」、「(4)午後7-40」と、4つの時間帯それぞれにおけるロシア旅順艦隊の艦船の配置が示されています。

▲【資料5】8月10日戦闘詳報(2) 37~38画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

▲【資料5】8月10日戦闘詳報(2) 40~44画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

▲【資料5】8月10日戦闘詳報(2) 47~48画像目
(防衛省防衛研究所所蔵)

関連資料3
レファレンスコード : C09050270200
件名 : 表紙「8月10日戦闘詳報 軍艦の部」
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関連資料4
レファレンスコード : C09050270300
件名 : 8月10日戦闘詳報(1)
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関連資料5
レファレンスコード : C09050270400
件名 : 8月10日戦闘詳報(2)
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