明治から昭和期の海軍軍人です。 明治36年(1903年)に連合艦隊司令長官となり、日露戦争では日本艦隊を指揮してロシア艦隊と戦いました。 戦後になると海軍軍令部長に転じ、元帥に昇進します。 昭和9年(1934年)に没。享年86歳。
 東郷平八郎に関する資料は、当アジア歴史資料センターに収録されています。 具体的に資料を探しだす方法は、以下のとおりです。

 1.「検索メニュー」画面に進んで、「キーワード検索」をクリックします
   (あるいは「キーワード詳細検索」でもけっこうです)。
 2.「キーワード検索」画面のキーワードに「東郷平八郎」と入力して
   「検索」ボタンを押します(「キーワード詳細検索」も同様です)。

 この方法で「東郷平八郎」をキーワードにして検索すると、現在のところ6件の資料が一覧として表示されます。 「東郷大将」や「東郷元帥」と入力すると別の資料も見ることができます。
 アジア歴史資料センターは今後、海軍関係の資料にも重点をおいて整備を進める予定です。 東郷平八郎をはじめとする海軍士官にまつわる公文書を続々準備しております。

解説文や年表の中の下線の付された文字は、
細字は関連する資料に、
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それぞれリンクしています。

出  来  事
弘化4年
(1847年)
現鹿児島県鹿児島市の加治屋町に生まれる
文久3年
(1863年)
薩英戦争(薩摩藩とイギリスとの戦争)に従軍
慶応4年
(1868年)
戊辰戦争に従軍
明治4年
(1871年)
イギリスに留学
明治27年
(1894年)

日清戦争に従軍
 軍艦「浪速」の艦長だった東郷大佐は、戦争中にイギリス国籍の船舶を撃沈し(高陞号事件)、国際問題を引き起こしました。
(『坂の上の雲』文庫版第2巻、71〜72頁 文庫版第3巻、51〜52頁)

表 題:英国商船高陞号撃沈ノ事
レファレンスコード:B03030208100
 日本政府はイギリスとの関係悪化を憂え、高陞号の撃沈についての事実関係を調査しました。 その調査内容が記されています。
(外務省外交史料館所蔵)

明治36年
(1903年)
連合艦隊司令長官に就任
明治37年
(1904年)

日露戦争に従軍
 旅順港攻撃や仁川沖海戦、黄海海戦日本海海戦などでロシア艦隊と交戦しました。
(『坂の上の雲』文庫版第3巻、198〜214頁 文庫版第4巻、34〜70頁 文庫版第8巻、7〜256頁)

表 題:タイムスの日露戦争批評(三)
レファレンスコード:A03023681200
 明治37年(1904年)2月11日付の英国タイムズ紙の記事を翻訳したもの。 同記事は、2月8日より開始された日露戦争開戦直後の海上での戦闘の模様を詳細に伝えています。
(国立公文書館所蔵)

表 題:タイムスの日露戦争批評(八十八)八月十日の大海戦
レファレンスコード:A03023689800
 明治37年(1904年)8月15日付英国タイムズ紙の報道記事の翻訳です。 8月10日に行われた黄海海戦についての状況を詳しく記しています。
(国立公文書館所蔵)

表 題:タイムスの日露戦争批評(二百十五)日本海の海戦
レファレンスコード:A03023702400
 明治38年(1905年)6月7日付英国タイムズ紙の報道記事の翻訳です。 海戦の結果は「世界の各文明国民に戦争は必ず終止せしめざるべからずとの観念を切実に与えたるにあり」とその意義を伝えています。
(国立公文書館所蔵)

大正2年
(1913年)

元帥号を受ける

表 題:元帥府ニ列セラレ特ニ元帥ノ称号ヲ賜フ
レファレンスコード:A03023390900
 東郷が元帥の称号を贈られた時の公文書です。
(国立公文書館所蔵)

昭和9年
(1934年)

没(86歳)

表 題:特ニ国葬ヲ賜フ 故元帥海軍大将 侯爵東郷平八郎
レファレンスコード:A03023474400
 東郷の死後、日本政府は国葬を行う決定を下しました。
(国立公文書館所蔵)