山口県大和町伊藤公資料館提供

 明治期に活躍した政治家で、初代内閣総理大臣を始めとする日本帝国の要職を歴任しました。 明治28年(1895年)の下関講和会議では、日本側の全権として日清講和条約に調印します。 明治42年(1909年)、中国のハルビン駅で暗殺されました。 享年68歳。
 伊藤博文に関する資料は、当アジア歴史資料センターに収録されています。 具体的に資料を探しだす方法は、以下のとおりです。

 1.「検索メニュー」画面に進んで、「キーワード検索」をクリックします
   (あるいは「キーワード詳細検索」でもけっこうです)。
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   「検索」ボタンを押します(「キーワード詳細検索」も同様です)。

 この方法で「伊藤博文」をキーワードにして検索すると、2,679件の資料が一覧として表示されます。  また「伊藤公」「伊藤大臣」などをキーワードとして入力したり、年代を特定して検索すると、さらに多くの資料を閲覧できます。

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出  来  事
天保4年
(1841年)
現山口県の束荷(つかり)に生まれる
安政4年
(1857年)
松下村塾に入り、吉田松陰の教えを受ける
明治元年
(1868年)
明治政府の参与に就任
明治6年
(1873年)
参議に就任
明治18年
(1885年)

初代内閣総理大臣に就任

表 題:御署名原本・明治十九年・勅令第二十二号・明治十九年度歳計予算
レファレンスコード:A03020002600
 伊藤博文が総理大臣に就任した後、最初にとりくんだ課題の一つは予算案の編成でした。
(国立公文書館所蔵)

明治28年
(1895年)

日清講和条約に調印

表 題:講和条約、別約、議定書、追加休戦定約、御批准書
レファレンスコード:A03033009900
 伊藤博文は、外務大臣の陸奥宗光とともに、日清講和条約に調印しました。 この資料は、条約文の写しです。
(国立公文書館所蔵)

明治34年
(1901年)

ロシアを訪問し、満州および朝鮮の利権について討議する
(『坂の上の雲』文庫版第3巻、92〜98頁)

表 題:満州ニ於ケル露国ノ事業
レファレンスコード:B02130260800
 明治43年(1910年)にロシアで出版された「シテインフェルド」著『満洲における露国事業』を翻訳したものです。 9画像目に伊藤のロシア訪問についての状況が記されています。
(外務省外交史料館所蔵)

明治38年
(1905年)

韓国統監に就任

表 題:統監府及理事庁官制
レファレンスコード:A03033045000
 日露戦争が終わると、日本は韓国に対して大きな影響力を行使すべく、韓国に統監府を設置しました。
(国立公文書館所蔵)

明治42年
(1909年)

没(68歳)

表 題:故枢密院議長従一位大勲位公爵伊藤博文国葬ノ件
レファレンスコード:A03020818200
 伊藤博文の死の直後、日本政府はその葬儀を国葬とする決定を下しました。
(国立公文書館所蔵)