日米交渉 資料解説
昭和16年(1941年)8月17日(米時間)
野村大使・ルーズヴェルト米大統領第4回会談、ルーズヴェルトは7月に中断した非公式会談を再開するためには、日本側の基本的態度及び政策の明確化が先決と回答


「昭和16年8月18日 野村大使発豊田外務大臣宛公電第七〇六号」(1ページ)
(外務省外交史料館提供)
 昭和16年(1941年)8月17日(日)(米時間)、野村吉三郎駐アメリカ大使はルーズヴェルト米大統領と第4回目の会談を行ないます。ルーズヴェルトは先の日本側の日米首脳会談提案に対し、日本の武力進出に対する警告を発しつつ、首脳会談実現の前提として日本が態度を改めることが肝要であることを指摘します。
資料1:B02030716700 8 昭和16年8月18日 (1画像〜2画像右)
「昭和16年8月18日 野村大使発豊田外務大臣宛公電第七〇六号(極秘 館長符号)」
「(11)八月十四日英米共同宣言」
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資料2:B02030716700 8 昭和16年8月18日 (2画像左〜5画像右)
「昭和16年8月18日 野村大使発豊田外務大臣宛公電第七〇七号(館長符号)」
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資料3:B02030716700 8 昭和16年8月18日 (5画像左〜10画像)
「昭和16年8月18日 野村大使発豊田外務大臣宛公電第七〇八号(館長符号)」
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資料4:B02030716700 8 昭和16年8月18日 (11画像〜14画像右)
「両国首脳部会見提案ニ対スル8月17日米側回答(其ノ一)要旨」
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資料5:B02030716700 8 昭和16年8月18日 (14画像左〜15画像)
「日米非公式会談再開提議ニ対スル米側回答要旨(8月17日米国大統領ヨリ野村大使ニ手交)」
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資料6:B02030716800 9 昭和16年8月18日から昭和16年8月20日 (1画像〜7画像右)
「昭和16年8月18日 野村大使発豊田外務大臣宛公電第七〇九号(極秘 館長符号)」
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 昭和16年(1941年)8月17日(米時間)、野村駐アメリカ大使とルーズヴェルト米大統領は会談を行ない、ルーズヴェルトは日米首脳会談実現には日本側の態度の明確化が先決と回答しました。
 資料1は、野村大使から豊田外務大臣に宛てられた公電です。ここには、8月16日早朝にルーズヴェルト大統領から求めがあり、17日の会談が行なわれたと記されています。
 資料2は、8月17日の会談で、ルーズヴェルトから野村大使に手交された、日米首脳会談案に対するアメリカ側回答の英語原文です。ここでは、日本がこれ以上武力進出を行なえば、アメリカ政府は自国・自国民の権益を擁護するために必要と認められるあらゆる措置を講ずるに至るだろうという結論が述べられています。
 資料3は、8月17日にルーズヴェルトから野村大使に手交されたアメリカ側回答要旨の英語原文です。
 資料4は、資料2の日本語訳です。
 資料5は、資料3の日本語訳です。
 資料6は、野村大使が8月17日の会談における対話内容をまとめたものです。ここでは、アメリカ側から「明瞭なる「ステートメント」(声明)」の提示を求められたことに対して、日本側が、アメリカにも明瞭なる声明を期待するが、日本にもこれに報いる用意はあると返答したことが述べられています。
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