日米交渉 資料解説
昭和16年(1941年)12月1日
野村・来栖両大使、本国に対し、「東条内閣総理大臣演説」等に関して意見具申
資料1:B02030723600 4 昭和16年12月1日(14画像〜16画像)
「昭和16年12月1日野村大使発東郷外務大臣宛公電第一二三〇号(極秘、館長符号)」
画像資料
 昭和16年(1941年)12月1日、野村、来栖両大使は、本国に対して「東条総理大臣演説」など、要人の発言について意見を具申しました。
 資料1は、その際の電報です。この資料によれば、「東条総理大臣演説」が「東亜ヨリ英米ヲ駆逐スヘシ」を趣旨とするものであるとして伝えられたのは、東条総理大臣の議会での演説、大政翼賛会、地方長官会議における賀屋大蔵大臣、鈴木企画院総裁ら閣僚の演説がイギリス、アメリカを打倒することに力点をおいた内容であると伝えられ、さらに仏領インドシナへの兵力増強により日本側の真意をアメリカ政府が疑っていた時のことでした。そのため、「ハル・ノート」手交後、日本側の回答を待っているアメリカ側はこれを重大視したのではないか、と両大使は推測しています。また、アメリカにおいては大統領の外交問題についての演説には慎重を期しており、それは国の政策の動向を示すものであるとして、常に重要視しているため、東条の演説を読んだアメリカ国民が、同様に捉えるのは当然である、とも両大使は述べています。そして、両大使は、事態が重大な局面にある今日、首相や閣僚が外交問題について何らかの意思表示をする場合には、これらのことを十分に配慮し、少なくとも日本側の意図が公正であることを内外に印象づけられるよう周到な配慮をするよう、求めています。
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