日米交渉 資料解説
昭和16年(1941年)11月28日
野村・来栖両大使、本国に対し、アメリカ側の所謂「ハル・ノート」公表とその反響について報告
資料1:B02030723400 2 昭和16年11月27日から昭和16年11月28日(27画像左〜28画像)
「昭和16年11月28日野村大使発東郷外務大臣宛公電第一二一四号(極秘、館長符号)」  
画像資料
 昭和16年(1941年)11月28日、野村、来栖両大使はアメリカ側によるいわゆる「ハル・ノート」公表とその反響について、本国へ報告しました。
 資料1はその際の電報です。「日米交渉ニ関シ従来沈黙ヲ守」っていた米国務省が、26日のハル米国務長官と野村、来栖両大使については「自ラ進ンテ発表ヲ行」なっていると報告しています。また、国務省の発表に対するアメリカの各新聞が、「「ハル」日本側ニ「ピースプラン」ヲ手交ス」」「米国ハ第二ノ「ミュンヘン」会議案ヲ斥ク」などの見出しで、「「ハル」ノ四原則」などが「抽象的ニハ何人モ確カナル点」を強調しており、アメリカの提案を引き受けるかどうか、「戦争」と「平和」のどちらを選ぶかはひとえに日本側に懸かっているとの論調であることに注意を喚起しています。
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