日米交渉 資料解説
昭和16年(1941年)11月12日
第67回大本営政府連絡会議(議題:戦争経済基本方略、十一月五日御前会議決定「帝国国策遂行要領」ニ関連スル 対外措置決定)
資料1:十一月十二日(水)自午後一時半至午後四時 第六十七回連絡会議(『大本営政府連絡会議議事録 其の二』(杉山メモ)148画像右〜150画像)
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資料2:戦争経済基本方略(適当ノ時期ニ政府ハ之ヲ閣議ニ諮ルコトトス) 連絡会議決定 一六、一一、一〇 企画院提案(『重要国策決定綴 巻一』60画像左〜62画像右)
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資料3:十一月五日御前会議決定「帝国国策遂行要領」ニ関連スル対外措置 昭和一六、一一、一三 連絡会議決定(『重要国策決定綴 巻一』62画像左〜65画像)
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資料4:昭和16年11月12日(『機密戦争日誌 其三』205画像左〜206画像右)
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 昭和16年(1941年)11月12日、午後1時半より午後4時にかけて、第67回大本営政府連絡会議が開催されました。
 資料1の会議録によれば、鈴木貞一企画院総裁の提案による「戦争経済基本方略」についての審議が行なわれた結果、これが原案通り可決されたとあります。資料2はその全文です。これに続いて、永野軍令部総長より「占領地施策ノ為ノ民間人員及機関ノ徴傭」についての提案があった後、「十一月五日御前会議決定「帝国国策遂行要領」ニ関連スル対外措置」の審議に移っています。ここではまず、外務省案を基礎とすることを海軍側が表明しています。これに続いて、東郷外務大臣によってこれまでの日米交渉の状況について説明がなされていますが、この中で東郷大臣は、「対米交渉ニ就テハ短時日ニヤラネハナラヌノテ相当ノ困難アリ又一方交渉成立スル如ク施策スルト共ニ他面不成立ノ場合ヲモ考ヘテ対処スヘキ状態ニアリテ、ナカナカ六カシイ」「対米交渉ハ本月中ニ調印シ度ク思ツテヤツテ居ルカ、之ハ困難タト思フ」と述べ、さらに、野村駐アメリカ大使には交渉を急ぐように指示をしていると説明しています。
 また、日本と中国(重慶国民政府)、日本とドイツ・イタリアとの関係についても見解を述べています。これらの点について考慮に入れた外務省案が修正・可決されたと会議録には記されていますが、決定された「十一月五日御前会議決定「帝国国策遂行要領」ニ関連スル対外措置」を見ると(資料3)、「日米交渉決裂シ戦争不可避ト認メラレタル際(大体十一月二十五日以降ト想定ス)ニハ」という記述が見られ、交渉の成否の見切り時期についてのこの時点での考え方がうかがえます。
 資料4の『機密戦争日誌』では、この「対外措置」について、海軍側の提案によって陸海軍案ではなく外務省案をもとに審議がなされることになった点に触れています。なお、上記の「十一月五日御前会議決定「帝国国策遂行要領」ニ関連スル対外措置」の決議日については、資料3では「昭和一六、一一、一三 連絡会議決定」と表記されており、これに従えば次回第68回連絡会議における決定ということになりますが、ここでは「杉山メモ」の内容に従い、この日11月12日の連絡会議における審議・決定として扱いました。
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