昭和16年(1941年)11月7日
野村大使・ハル米国務長官会談(若杉公使・バレンタイン米国務省参事官同席)、野村は「甲案」を手交
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資料1:B02030738900 11 外交資料 日米交渉記録ノ部 日米交渉資料(四) 東條内閣時代(上) 1(13画像)
「一五、十一月七日野村大使発東郷大臣宛電報第一〇五五号(野村「ハル」会談ノ件)」
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資料2:B02030731800 17 十一月七日提示 甲案(2画像〜3画像)
「甲案」
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昭和16年(1941年)11月7日午前9時、野村大使は若杉要公使を帯同し、ハル長官を私邸を訪問、バレンタイン米国務省参事官同席のもと、会談を行ないました。
資料1は、その会談内容を本国に報告した電報です。この会談において野村は、日米交渉における3つの懸案(「日独伊三国同盟条約の解釈および履行問題」、「通商無差別問題」、「中国における日本軍の駐兵・撤兵問題」)のうち、「駐兵・撤兵問題」について「甲案」にあるものは、日本政府にとって最大限の譲歩である、と説明したうえで「甲案」をハルに手交しました。しかし、ハルは、駐兵と撤兵との割合を尋ねただけで、それに対する野村の説明に対しても、検討したうえで回答する、と述べたのみでした。また、ハルは日中和平問題について、自身の思いつきであるとして、もし中国の最高責任者(蒋介石)が日本政府及び国民に対して、誠実に友好と信任を明言し、日中間の平和回復を希望するとすれば、日本はどのように対応するか、と尋ねました。これに対して、野村は、ただ考慮する、とだけ返答しました。
資料2は、この時手交された「甲案」の全文です。
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