昭和16年(1941年)1月19日
第5回大本営政府連絡懇談会(議題:タイ・仏領インドシナ国境紛争調停)
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資料1:一月十九日第五回連絡懇談会 泰、仏印紛争調停ニ関スル緊急処理要綱ノ件(『大本営政府連絡会議 議事録 其の一』(杉山メモ)16画像〜19画像)
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資料2:泰、仏印紛争調停ニ関スル緊急処理要綱(『大本営政府連絡会議 議事録 其の一』(杉山メモ)20画像〜22画像右) |
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資料3:B02031242900 1 一般 1泰国 (6画像〜10画像)
「昭和16年1月17日 二見公使発松岡外務大臣宛公電第二一号(大至急、極秘、館長符号扱)」
「昭和16年1月18日 二見公使発松岡外務大臣宛公電第二二号 至急(極秘、館長符号扱)」
「昭和16年1月18日 二見公使発松岡外務大臣宛公電第二四号 (極秘、館長符号扱 大至急)」
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昭和16年(1941年)1月19日、第5回の連絡懇談会が開催されました。
資料1は、この連絡懇談会の会議録です。会議は二見甚郷駐タイ公使からの電報を契機として陸軍、海軍の軍務局長によってまとめられた「対仏印及泰処理要綱」案につき質疑が行なわれたあと一時打ち切られ、日本と仏印の経済交渉の使節団代表であるルネ・ロバンと松岡外務大臣の会見をはさんで再開されています。再開後の会議では、主に松岡外務大臣から「対仏印及泰処理要綱」案について幾つかの意見が出されたのち、「泰、仏印紛争調停ニ関スル緊急処理要綱」が決定されています。
資料2は、この連絡懇談会で決定された「泰、仏印紛争調停ニ関スル緊急処理要綱」です。この文書では、タイと仏領インドシナの紛争についての日本の方針として、イギリスからの紛争調停の申し出をタイに拒否させると共に、日本がタイと仏領インドシナ両国に必要な威圧を加えて紛争の即時解決をはかることが定められています。
資料3は、連絡懇談会に提起された「対仏印及泰処理要綱」案作成の契機となった二見駐タイ公使からの電報です。
公電第二一号ではタイのピブン首相との面談の内容が報告されています。この中でピブン首相は、仏領インドシナとの紛争におけるタイの形勢は悪化の一途をたどっており2、3週間以内に「最後的「カタストロフヒー」」をむかえる危惧があること、仏領インドシナ側の攻勢は日本がタイの進んで武力的援助の意思のないことを見越してのものと考えられること、アメリカのハル国務長官などからも国境問題で協力の申し出があるがそのまま放置していることなどを述べています。そしてピブン首相の発言をうけ二見公使は、この件に関する決定が急を要することはもちろん、目下の差し迫った事態に鑑みとりあえず停戦の調停が「寸刻ヲ競フモノ」と考えられる、と報告しています。
公電第二二号では、タイに対する借款問題に対する米英の動向が報告されています。
公電第二四号では、イギリスから調停を打診されたタイ側が、この動きを日本側に伝えてきたことが報告されています。タイ側に対しイギリスへの回答を3日間差し控えてほしいと申し入れた二見公使は、ピブン首相の心境の動揺は日本の支援的態度は終始変わらないというような抽象的声明では鎮静し得ないとして、調停に関する具体案と停戦の調停の方法を至急決定しピブン首相に確然とした回答が出来るように3日以内の回訓を希望しています。
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