昭和16年(1941年)7月25日
豊田外務大臣、グルー駐日アメリカ大使と会談。南部仏領インドシナ進駐について事前申し入れ
|
|
 |
| 資料1: B02030004900 七、豊田大臣会談要領/5)グルー米国大使との会談 昭和十六、七、二五(1画像〜2画像) |
 |
 |
 |
| 資料2:B02030005000 七、豊田大臣会談要領/6)グルー米国大使との会談 昭和十六、七、二六(1画像〜11画像) |
 |
 |
 |
| 資料3:B02030005100 七、豊田大臣会談要領/7)グルー米国大使との会談 昭和十六、七、二七(1画像〜4画像) |
 |
 |
 |
|
|
昭和16年(1941年)7月25日、豊田外務大臣は、南部仏領インドシナ進駐について、声明を発表する前にアメリカに通告を行なうため、グルー駐日アメリカ大使と会談しました。その会談で、豊田外相は南部仏領インドシナについて「隣接地方ニ対スル武力進出ノ基地ナラシムル意毫モ無キ」ことをグルー大使に伝えました。
資料1は、そのときの会談の要領です。その後二日間、会談は連続して行なわれました。
資料2は、昭和16年(1941年)7月26日の会談の要領です。グルー大使が前日の会談を本国政府に伝え、本国政府は「日本政府ハ他国ノ犠牲ニ於テ逐次南進ノ態勢ヲ整ヘツツア」るとみていると述べています。これに対し、豊田外相はアメリカの誤解である、と答えるとともに、アメリカがさらに刺激的な措置に出れば、「日米関係ハ最モ不幸ナル事態」になる惧れがあることを伝えました。グルー大使は、それに対し、アメリカ国内に対日石油禁輸などの強硬の姿勢をとるべきだという強い意見があるなかで、アメリカ政府がそれを実施していないことは、日本との友好関係を維持する目的であると述べています。
資料3は昭和16年(1941年)7月27日の会談の要領で、このときの会談はグルー大使の要請で、極秘の非公式として行なわれました。豊田外相は再度、南部仏領インドシナ進駐を日本への包囲網に対する防御的措置で、他意がないことを強調し、グルー大使に伝えています。
|
 |