日米交渉 資料解説
昭和16年(1941年)7月24日
第41回大本営政府連絡会議(議題:南部仏領インドシナ進駐細目)
資料1:七月二十四日第四十一回連絡会議 仏印進駐、対米国交調整、泰国大使館ノ件(『大本営政府連絡会議 議事録 其の一』(杉山メモ)180画像左〜182画像)
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資料2:B02032438800 3.調書 (7画像〜8画像)
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資料3:「昭和16年7月24日」(『機密戦争日誌 其の三』99画像左〜100画像右)
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 昭和16年(1941年)7月24日、第41回大本営政府連絡会議が開催されました。
 資料1は、この会議の会議録です。会議ではまず杉山参謀総長から南部仏領インドシナ(仏印)進駐に関する説明がおこなわれています。続いて南部仏印進駐に関する政府の声明案文が決定され、ドイツ、イタリアの大使に対しては24日中に、「中華民国」、「満洲国」、イギリス、アメリカの大使に対しては25日に通告することが決定されています。その後議題は日米国交調整にうつり、豊田外務大臣から説明が行なわれています。この中で豊田外務大臣は、南部仏領インドシナ進駐がアメリカに影響を及ぼし、重要物資の輸出禁止、資金凍結、日本船舶抑留などの対抗措置が実施されるだろうとの懸念を示しています。
 資料2は、昭和16年(1941年)7月付で作成された「南部仏印進駐仏領印度支那ノ共同防衛ニ関スル交渉経緯概要」という調書です。この資料には上記の会議で決定され、7月26日に発表された政府声明が記録されています。
 資料3は、『機密戦争日誌』で、この会議に関する記述があります。ここでは上述の豊田外務大臣の発言をふまえ、「外相遂次本性ヲ発揮シツツアリ」「警戒ヲ要ス」と記されています。
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